IKUEI NEWS vol.84
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「茶漬け屋」で街の印象を変えたい 2017年末から2018年初にかけて、毎週末朝5時から茶漬け屋を開いていた。伊勢湾の鯛、宗田節と鶏で取った熱々の出汁、精魂込めて作った鯛のあら味噌。それらが合わさった味はすこぶる良いと、店は評判だった。 あなたは「大学生」「まちづくり」と聞くとどんなことを想像するだろうか。さまざまなことが考えられるが、僕たちの考える「まちづくり」は、この茶漬け屋だった。僕たちが店を出した名古屋駅西側は、戦後の闇市があった場所で、市民からは「駅裏」と呼ばれ、訪れる人はそう多くはない。しかし、その雑多な雰囲気、顔の見える商店、市場、立地に似合わない街並みは、全国各地の駅前が似たり寄ったりな景観を見せる中で、貴重だと思った。この街で、何かインパクトのある事をしたい。その気持ちは、好奇心でもあったし、身のほど知らずの大きなことを言えば、「『駅裏』というイメージを変えたい」くらいの熱い思いがあった。 朝5時から店を開けたのは、ライバルが少ないからだ。学生がプロと戦うには、この時間しかないと思った。場所は居酒屋を借りた。「ヤドカリ」という方式で、夜のみ営業している居酒屋の、使っていない朝の時間を間借りするのだ。資金はクラウドファンディングで集めて、器や調理器具などをそろえ、メニュー開発は名古屋の料亭の指導を受けたり、出汁屋のおじさんに相談をしたりした。はじめは研究室の有志で運営していたが、最終的には研究室の全員が参加してくれた。 苦い経験を活かして、またいつかリベンジを 意気込んで開業し、3カ月は絶対に店をやめないとみんなで決めていた。ひとまずの目標にしていた3カ月間の営業が終わってみると、僕たちはへとへとになってしまった。朝5時開店のためには、前日の終電で店に入り、仕込みをして仮眠、そして営業しなければならない。メンバーによっては店の営業後にバイトに出かけていた。合計800もの人たちに茶漬けを食べてもらうことができたが、結果として、継続は難しいという結論に至った。ただの学生プロジェクトにしたくないと思って始めたけれど、結局継続的な企画にできなかった。このプロジェクトには、どんな意味があったのだろうか。 都市にいれば、街は勝手に変わっていく。誰かが再開発の計画を立てて、大きなビルを建てたり、あるいは、誰かにとって大事な景観を壊したりする。気付けば、元あった景色は思い出せなくなっていく。人が集って街ができるけれど、街に人の意思を反映させることはとても難しい。そんな空気を変えたいと密かに思いながら開いた茶漬け屋は、あっけなく潰れた。僕は今、またどこかで、リベンジを狙っている。奨学 生ペのージ名古屋市立大学 人文社会学部 4年生 高原 潮たかはらうしおだし研究室の仲間たちと茶漬け屋「駅西あさごはん」を運営し、まちづくりに貢献「まちづくり」の厳しさを教えてくれた、茶漬けの味出店のために間借りしていた「やきとり竹橋」。右下の写真は、メイン料理の鯛茶漬け試作会の際に、研究室のメンバーと25 IKUEI NEWS 2018.10 vol.84

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