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大学院奨学生夏季セミナー2006

「ETICと社会企業家」
NPO法人 ETIC. 代表理事

宮城治男

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私がやっていることは、簡単にいえば、起業家あるいは起業家的なリーダーを育てていくことです。特に、大学生や若い世代に対して機会を提供しています。ま た、その中でも、社会的な課題に事業で取り組んでいく社会起業家のスタートアップの支援に特に力を入れています。どうやって育てているかというと、一番重 視している手法はインターンシップです。ただ、みなさんがイメージするインターンシップよりも長く、半年とか一年という長期のものです。企業やNPOや行 政の現場に入り込むという機会を若者に提供して、そこで起業家精神をはぐくむチャンスを作ることで、かれらを応援することに力を入れています。

今の仕事につながるきっかけ

なぜこういう仕事をしているか。元々、私は高校生くらいのときから、日本という国がつまらなくなっているという印象を持っていました。頑張っている 人たちがお互い足を引っ張り合うような社会になってきているなという思いがありまして、このままだと、チャレンジしたいという志を持って社会に挑んでいくような人がどんどんいなくなっていく、という思いを持っていました。そういう社会の空気をなんとか変えることができるような仕事ができないかな、というこ とをずっと思っていました。高校一年の頃に、社会を変える仕事は政治家がやるのかな、という風に考えまして、政治家になろうと思いました。ところが、テレビで政治家のみなさんの顔を見ていると、あまりカッコいい人がいないな、あんな顔になっちゃうんだな、と。彼らのような力を持つ立場になるには、自分が自 分でなくなっているか、もしくはそうなるのが嫌で途中であきらめるんだろうな、という結論に行き着いて、結局やめました。

次に思い立ったのは、諸悪の根源は無責任な情報を垂れ流し続けているマスメディアだということです。それで自分はマスコミを変えてやるということを思いま して、メディア関係の先輩がたくさんいる早稲田大学に入学しました。色んな新聞社やテレビ局でバイトをしている中で肌で感じたのは、意外と体育会系だなということでした。自分が作った番組とか記事が社会に広く発信されるということであれば十分遂げられるとは思ったのですが、下っ端から入り込んで組織全体を 変えられるものではないと実感しました。一年目や二年目の人が言うことを上の人が聞いてくれるような世界ではない。えらそうなディレクターのご機嫌をとって作りたくもない番組を作ったりするのは自分には合わないと思ってやめました。

そうやってアルバイトをしている中でもう一つ私が出会った切り口は教育者になるということでした。教員免許を取る勉強もはじめました。大学三年のときには、友人と塾を立ち上げました。自分自身の目の前にいる子供たちに自分の思いを伝えていくところから、社会を変えていくということに繋がっていくのでは、という思いからです。私塾のような形で、中高生に勉強を教えつつ、説教をしてたりしていました。それをやりはじめたのと同じくらいに出会ったのが、いまのETIC.の切り口でした。

93年のことです。大学生であっても、良い事業計画があれば一千万くらいの投資とか融資をしてくれるという、起業家の支援機関に先輩がアルバイトをしてたんですけど、その話を聞いたときに、会社というのは自分でも作れるんだ、ということを知りました。すごく新鮮に思いました。

特に早稲田という大学は、音楽とか演劇とかをやりまくってたり、マスコミとか政治を変えると息巻いている人たちがたくさんいるのですが、大学を卒業する頃 になると、みんな偏差値で選ぶように自分の就職先を選んで、マスコミを変えるといっていた人が大手メーカーに受かって喜んでいたり、金融機関に受かったと いって志を遂げてしまったような気になって安心してしまっている。これはもったいないと思いました。しかも、会社に入った先輩がサークルの部室に遊びに来たりすると、会社がいかにつまらないか、というグチばかり言っている。せっかく一生懸命に勉強して大学に入ったのに、彼らの人生の可能性を自ら縛ることになっているということをすごく思いました。そういう自ら作っている閉塞感を何とかできないかなと思っていました。

今でこそホリエモンの登場などでベンチャーの起業家のイメージがあるかと思いますが、当時は起業家はもちろんベンチャーというのも非常に怪しい存在で、誰 もイメージができないという時代でした。そういうなかで、自分で自分の人生を切り開いて、自分のやりたいこと、やるべきことを仕事にしていくような、そん な生き方があるということを大学生の仲間に伝えたいと思ったことが、ETIC.の活動を始めたきっかけでした。そういう生き方に触れることによって、もっ と自由に人生や未来を考えて、チャレンジしていけるという気付きを提供できるんじゃないかなという思いでした。

それで、大学に経営者の起業家の先輩を呼んで講演をしていただく、ということを全くのボランティア活動でやっていました。何気なく始めた勉強会だったのです が、やっているうちに色んな人が協力してくれるようになりました。起業家の先輩方は若者たちに自分の思いを語ることを楽しんでいて、また、例えばマスメディアの人がイベントの情報を無料で宣伝してくれたり、行政の方が協力してくれたり、イベントとかで委託をしてくれたりという形です。

そうこうしているうちに忙しくなってしまって、あちこちから色んな仕事が舞い込んできました。就職活動をしている暇がなく、気がついたらもうその時期が終 わっていました。そして、気がついてみればETIC.は自分がやるしかないという状況になってました。他に変わってやれる人もいないし、誰がやるよりも効 果的にこの仕事ができるというポジションになってしまったので、これはやめるわけにはいかないということで今の仕事に至っています。社会の空気を変えたい、世の中を良くしていきたいという思いをずっと持っていましたが、どういう切り口で仕事にするかということは、全く限定せずに考えて きたつもりです。様々な現場に実際に入り込んで、体で触れていく中で、違うものは違うということを認めつつやっているうちに、一番自分が必要とされている 切り口に出会うことができたわけです。

ETIC.の歴史

さて、ETIC.の歴史を簡単にご説明します。まず、長期の実践型インターンを始めたのが96年。これは起業家の方に講演に来ていただく中で、聴 講した学生が仲良くなってその起業家の会社に入社して、という話をよく聞いていたので、すでにニーズがあったというのもあるんですけど、一方で、講演会を やっていても、なかなか学生が変わらないということがありました。やっぱり実際にアクションを起こして自分で社会に飛び込んでいって、その中で失敗したり 成功したりして、社会の反応を見つつ自分自身を知っていくということを経なければなかなか人は変われない、ということを講演会をやっていて思いました。い きなり会社を作ったり就職するというのはハードルが高いんですけど、インターンという期間を限定した形でチャレンジができる、自分の可能性を知ることがで きる、社会の反応を感じることができるような機会を作っていこうということで始めたのがインターン事業です。

2000年くらいから始めたのが、社会起業家の支援です。もともと93年にこの仕事を始めたときには社会起業家という言葉もなかったし、自分たちも強く意識しては いませんでした。98年、99年とだんだん起業家とかベンチャーが社会の中に意識されるようになって、例えば東大出身の人がそのまま起業家になるというよ うなことが起こり始めたのが98年くらいのことでした。それまでは、東大生はベンチャーに興味は持っていても就職しない、という定説があったのですが、インターネットのブームが訪れて、ネットベンチャーがたくさん出てきた頃から、鼻が利く層というか、そういう連中の動きが変わり始めたのが90年代の後半でした。起業家になるという選択肢が社会の中に浸透し始めた中で、起業家を支援するということが事業として成り立つようになってきました。

そういう中で、NPOとしてやっている私達の役割というのは、ビジネスや行政ではなかなか手が出せないというか、うまくやりきることができないような部分 です。社会が必要としていることをうまく形にして、変化のリードをしていく、というのが自分たちの役割だと思っています。そういう意味でETIC.が力を入れているのは、インターンシップも含めた、次のリーダーを育てていくための土壌作り、種まきの仕事です。これはなかなかビジネスとして成り立ちづらくて、行政もお金をつけてもなかなか成果が出しにくいという部分です。

もう一つは、普通のベンチャーの支援というよりは、社会起業家、つまり社会を変えていきたいと思うような課題に立ち向かっていく起業家こそ、うちの役割として育てていこうとしています。その中では、NPOの起業家も最近はかなり増えています。

社会起業家とは

社会起業家というのは、起業家精神と社会的使命、それとビジネスの手法をうまく活用してチャレンジしていく起業家というふうに言われています。最 近はスタンフォード大学とかハーバード大学でも、ビジネススクールの中にソーシャルアントレプレナーコースができて、新しいマネージメントのトレンドに なってきています。ミネソタ州のソーシャルアントレプレナー研究所の定義では、ソーシャルアントレプレナーシップの仕事とは、「投資に対する経済的なリ ターンと社会的なリターンを同時に追及しながら、自分の事業で稼ぎ出す一種のアートである」となっています。社会起業家というのは一つのスローガンという か、生き方とか仕事のスタイルを表現したコピーだと思っていただければと思います。

どういう人たちがいるかという と、例えばロザンヌ・ハガディさんという人は、ニューヨークの43丁目の奇跡というのを起こしたということで有名な人なんですが、荒れていた43丁目の地 域に、ホテルとかスターバックスとか、商業施設を誘致してきて、それによって、地域のホームレスの人たちを雇って職業訓練をしつつ、この場所を一つの商業 地として活性化する場所に変えていったという、そのプロデュースを手がけていた人です。こういう、地域を変えていく、政治家でもなく、ただのビジネスマン でもない、新たなリーダーシップを発揮してプロデュースしていくような人たちを社会起業家と呼ぶ場合もあり、もう一つ、これもアメリカでよく言われるので すが、ソーシャルベンチャーといわれて、ビジネスの資本をうまく使って、環境問題だとか福祉の問題だとか、どんどん事業規模も大きくしていくようなスタイ ルで、うまくビジネスを使って社会の問題を解決していく人たちも注目されています。

それから、YOSAKOIソーラン祭りを皆さん知っていると思うんですけど、これをやっている長谷川岳さん、いま35歳ですが、彼なんかも日本の若手を代表するソーシャルアントレプレナーの一人といわれています。

それから、スワンベーカリーの小倉さん。ヤマト運輸の創業者です。先日惜しくも亡くなられました。これまで障害者の人たちが働く場所に、福祉のパン屋さん があったのですが、そこでは月給一万円くらいで働いていたわけです。仕事をしても、その仕事で生み出した価値によって彼らが生きていく、喜びを得ていく、ということができていなかったのです。小倉さんは、自分が築いてきたビジネスのノウハウをうまく使って、障害者の方が月給10万円くらい得られて、またそ の働く喜びを得られるような仕事を作り上げていくことに、自分のそれまでの経験とノウハウを投資していく、それこそが経営者としての自分の役割だということで、挑戦を続けていらっしゃいました。

ETIC.と社会起業家

ETIC.がずっと応援している人たちをいくつか挙げますと、カンボジアの児童買春防止の支援をしているNPO法人かものはしプロジェクトの村田さんですとか、元々UFJ総研のサラリーマンでありながらも、会社を立ち上げて日本の森林を守っていこうというチャレンジをしている牧さん。それから、駒崎さん、彼はこの間NHKでも取り上げられていましたが、病児保育といって、風邪とか病気になった子供たちを、地域の潜在的な看護婦さん、引退した看護婦さんの力とか地域の人たちのネットワークをうまく生かして、サポートしていくことをしています。いままでは働いていたお母さんが、子供が熱を出すことが多くて仕事を辞めざるをえないということが多かったのですが、それを地域の力を生かして支えていこうというチャレンジをしているところです。

お米ナビの秋葉くんというのは、自分の家の離農、お米を作っていたのをやめてペンション経営に変わったとことを子供の時に目の当たりにしていて、日本の農家の人たちをエンパワーメントするような仕事をしていきたいということでチャレンジしています。

一方で、ETIC.が応援している起業家の中でもビジネスの起業家で、インテリアのデザインとか小物とかの販売を会社でしていましたが、フェアトレードと いわれている、発展途上国で作られた商品を使ったりですとか、自分たちのビジネスが成功することが、世界で貧困をなくしていくようなことにつながっていくことをうまく組み込んで仕事をしているという、ダイヤモンド経営者クラブからソーシャル部門賞というのを受けて注目された人もいます。

一方で、先ほどもお話した、地域に帰って地域の若者達に機会を提供する、ETIC.が東京でやっているようなことを地域でやっている人がいます。地域の中 小企業とか伝統産業とか農林水産業の現場と若者を繋いで、仕事の機会とか成長の機会を提供しているという人たちがたくさん出てきています。

ETIC.が彼らのスタートアップを支えているというのは、お金を投資するということではありません。例えば四つのキャピタルとか言われたりするんですけど、リレーションキャピタル、トラストキャピタル、メディアキャピタル、カルチャーキャピタルというように、社会起業家のスタートアップにはお金よりも、目に見えない部分のキャピタルを支えていくような仕組みが必要です。こういうことを提供できるような機関がまだビジネスの分野も含めて、日本の中にそんなに多くあり ません。特に社会起業家に関しては、こういった部分をサポートできる存在がないということで、自分たちとしても、この役割を担いたいと思っています。

その中でも、特にETIC.としては、自分たちが歩んできた道が、教育だとか人材育成の部分を通して社会に貢献していくことでしたので、今一番力を入れているのは、そういった人材育成、地域活性といったところの起業家を生み出すことです。

いま二十箇所くらいの地域で動きが始まっています。都市の大きさは大小さまざま、その地域のコミュニティのなかで人材育成のプロデュースをしていくリーダーをいま育てています。彼らが動き出していくことで、例えば最初にビデオに出てきた横山フミさんという女性が地元に帰ったことで、松山ではずいぶん動き が出てきています。若い彼女のような存在が、東京の仕事を捨てて地元に帰ってきてくれたと、あんなに思いを持って頑張っている子達がいるんだから、自分た ちもなんとか動き出さなければということで、これまで地域のいがみあっていた商店街の人たち同士とか、元々溝があった人たち同士が、彼女の存在を契機に、結託して地域を元気にしていく方向に動き出すというようなことが起こっています。

社会起業家的アプローチ

社会起業家というスタイルは、私の経験でもそうだったんですけど、志を立てて、社会が必要としていることに取り組んでいく中で、自分が一人ではとてもできなかった、今もっている力では決して成し遂げられないことを、色んな方々がここに協力してくださって、どんどん影響力を大きくしていけるということが、すごく面白い所です。

一方で、みなさんが研究をされている中でも思われることがあると思うんですけど、研究していくなかで、その成果を価値あるものにしていくというのは、すごく根気がいることです。特にそれが独創的なものであったりすればするほど、孤独な戦いにもなると思います。

社会起業家的なアプローチの面白いところは、社会がいま必要としている課題であったり問題に取り組んでいくので、自分がやったことに対して、その受け手が 既にいる、という状態から始められるわけです。自分が提供した製品やサービスや研究成果みたいなものに対して、反応してくれる人が既にいる。そういう仕事というのは、どんどん、彼らユーザーだったり、必要としている人の意見を反映したり、その人たちが実際にコミットメントしてくれて、より良いものにするために一緒になって協力してくれるので、すごく進化が早かったりとか、その研究をしていく理由が自分のなかで強く、また継続的に持つことができます。

私が社会起業家といっている一つの理由は、何を生きがいに次の時代のリーダーは生きていくんだろうということでした。昔のように、社会が分かりやすく自分 たちに期待してくれないというか、例えば明治維新後の富国強兵の明治時代とか、戦後の復興から立ち直って、世界に遅れを取るまいといって、また自分たちの 生活を守るために、仕事をして一生懸命働くことが社会的にも価値のあることであり、また自分自身もそれによって誇りをえられたし、また生活の保障もえられ たような、そういうある種の分かりやすさがあった時代がありました。ところが、今は史上空前の豊かさの時代に我々は生まれて育ってきている。

ETIC. に来ている人たちを見ていて思うのは、今やろうとしていることをやりぬくだけの覚悟、その覚悟を持たせるような背景や理由を自分のなかにもつことが出来な いと、困難に直面した時にくじけたり、やめたくなるんです。実際に辞める人が多い。辞める時には、これは自分に向いていなかったとか、もっと自分には合う 仕事があるはずだ、と転職をしたりとか、次のものを探したりとか、そうこうしているあいだに段々自分自身が分からなくなったといって家に引きこもってし まったりという人もかなり多い。彼らを見ていても、やっぱりこの豊かな時代が生み出した難しい問題だなと思ったりします。

この時代の中で、実際に自分自身がやろうとしていることをやりぬくだけの理由や覚悟を持ちうるためには、みなさんが関心を持っていることを世に問うていく ということが必要だと思います。どうやったら、今やっていることの価値を必要としてくれたり、喜んでくれる人がいるかということを、積極的に社会に対して発信していっていただきたいなと思います。そうやって動いているうちに、段々社会が必要としているものだったり、自分が提供できるものというのが見えてきます。

その一つのステップとしてインターンシップのように、何らかの形で仕事の現場に入り込んで見るということがあると思いますし、あるいは小さなプロジェクトから、今自分が行っていることを何かしら社会に問うてみるということにもチャレンジしていただきたいと思います。そういうことを経て自分の志というか覚悟を固めていった人というのは本当に強い。そういう人たちは、色んな困難にぶち当たっても、後ろに退くということがありません。常にそれを超えていく、あるいはその失敗とか困難を自分の成長の糧にしていくような、したたかさと強さを持っています。私は社会起業家的なチャレンジをしていくというのは、皆さんの中の可能性を引き出してくれる面白さがあるのではないかと思っています。