IKUEI NEWS vol81
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通訳への道を進んだきっかけは、とある雑誌の記事 私は現在、放送通訳者あるいは会議通訳者としての仕事をしながら、大学で通訳・翻訳について教えています。早いもので通訳者を主たる仕事にするようになってから今年で26年目になります。 私が通訳という仕事を意識したのは16歳の頃です。父の転勤でインドに移り住んだ私は、ニューデリーのアメリカンスクールに通っていました。当時は今のようにインターネットなどありませんから、日本の情報は父が日本から取り寄せていた雑誌から仕入れていました。ある時、その雑誌の小さな記事が目に留まりました。それは、今では同時通訳者の草分け的存在として知られている、鳥飼玖美子さんの記事。彼女が国際会議の通訳者として活躍している姿に感銘を受け、「この仕事面白そう!」と直感したのです。思えば、この記事が私のきっかけとしてずっと潜在意識にあったのでしょう。 本格的に通訳の仕事を始めたのは、社会人になり、結婚をしてからです。上智大学を卒業後、国際公務員を目指していた私は、応募条件である「3年間の勤務経験」を満たすため金融業界で働き始めました。ところが、しばらくして結婚をすると、出産・育児など家庭と、会社員としての仕事を両立するのは難しいと感じるようになりました。 そんな時、友人がNHKの放送通訳者になったという話を聞いたのです。場所や時間にある程度融通が利き、自分の体と能力さえあればどこへ行っても働ける仕事はとても魅力的でした。幸運にもNHKの放送通訳者に採用された私は、通訳者としての道を歩み始めたのです。四半世紀前のことです。通訳は人の感情を汲み取って表現するクリエイティブな仕事 放送通訳者は世界中のあらゆるニュースを同時通訳する仕事です。今は何事においても即時性が求められ、ニュースもリアルタイムで入ってくることが当たり前になりました。通訳を通して、世界で起こっている出来事を最前線で目撃できるのは、この仕事の醍醐味です。 やりがいが大きければ、苦労することもよくあります。通訳者として一番大変なことは、やはり相手の意図をいかにして汲み取るかということ。例えば、goodという簡単な単語にしても、ただ安易に「良い」と訳せばよいわけではありません。それが人の能力に対して使われるなら「優秀」となるのかもしれないし、あるいは性格に対して使われるのであれば「善良」とした方が意味が通るかもしれない。言葉の持つニュアンスを捉えなければならないのです。 最近は「翻訳や通訳なんて、すぐに人工知能に取って代わられる」、「50年後にはなくなっている職業だ」なんておっしゃる方がいます。確かに、分野によっては機械で賄える仕事もあるかと思います。しかし、人間による通訳・翻訳の仕事はこれから先もなくなることはないと私は思います。 なぜなら、人間には心があるからです。話している言葉を文字通り、機械的に訳すだけでは、人間の感情は伝わりま東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授/同時通訳者 鶴田 知佳子言葉の壁を乗り越えれば、「社会」が見える5

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