IKUEI NEWS vol81
15/44

る余裕もなく、支局をあげた総力取材の一員としてリサーチを始めました。上京する以前に、チェルノブイリ原発事故で被爆した子どもたちのサポートをするNPO事務所でアルバイトをした経験が活きて、被爆治療に詳しい広島の医師や原発労働者の被爆問題に詳しい写真家の意見を記事に反映することができました。この原発報道の経験は、その後のニューヨークタイムズでの廃炉問題の取材に役立ちました。 バブル崩壊後の不景気によるリストラと倒産の嵐。うつ病や自殺が社会問題となり、企業の不正や不祥事など暗いニュースの連続。国際情勢も緊迫化し、北朝鮮による拉致問題、核・ミサイル開発、自然災害や犯罪事件などの一連の取材に必要な英語表現を自転車操業状態で学ぶうちに、あっという間に10年が過ぎていきました。 その後の転職先、国際協力機構(JICA)では、日本政府の途上国支援プロジェクトの一環で来日する研修員が、日本の行政の仕組みを視察するプログラムの調整業務を担当しました。ここでも記者魂を発揮し、視察研修に同行しては、自分の目で現場を観察するよう心がけました。アジア、アフリカ、中南米からの研修員の強烈に訛ったグローバル英語からも良い刺激を受けました。特に印象的だったのは、アフガニスタンの若手官僚たちでした。30年に及ぶ紛争で荒廃した国を一度も離れたことがない彼らが美しい英語を話すのです。戦禍のさなかもBBCのラジオ放送を聴き、独学で英語を身に付けたことに励まされ、私も夜間の通訳学校で同時通訳の訓練を続けました。 グローバルに活躍するには英語以上に必要なことがある 在京の海外メディアの取材記者として働く上で感じたのは、「英語」は確かに必須ですが、あくまで一つの「ツール」に過ぎないということ。それ以上に、日本人としての常識や知識、社会人としての経験、柔軟なコミュニケーション力こそ重要だと感じています。 日本の政治、経済、社会問題、事件、災害、文化全般を取材し、世界の読者に向けて日々記事を発信する東京支局。私の任務は、支局長が書く原稿の素材になる情報や基礎データを収集し英文要約、取材現場に同行しての通訳や日本語での取材です。そのためには、日頃からテレビ、新聞、雑誌、本、SNSなどをチェックし、ニュースの背景、歴史や文化をしっかりと理解しなくては、英語で説明することはできません。 一方で、国境なき記者団による日本の報道の自由度ランキングは、年々下がり続け2016年は72位。国内メディアの「自主規制」「忖度」が強まり、ジャーナリズムの最大の役割である、権力の監視が不十分な状況に拍車がかかっています。海外メディアならではの独自の視点や分析、しがらみのない立場からの報道がますます必要とされる中、メディアの使命を果たすことを常に心がけ、取材を続けて行きたいと思っています。1971年岡山県倉敷市生まれ。1994年に四国学院大学文学部英文学科卒業後、同大学の事務職に就職。その後、東京都内のバイリンガル雑誌社、翻訳会社、ロサンゼルスタイムズ東京支局、国際協力機構(JICA)を経て、現在、ニューヨークタイムズ東京支局に取材記者として勤務。サイマル・アカデミー同時通訳科修了。2017年4月発行の著書『純ジャパニーズの迷わない英語勉強法』(小学館)は、多くのメディアに取り上げられるなど大きな話題となる。上乃 久子(うえの ひさこ)Ⓒ Kentaro Takahashiそんたく12

元のページ  ../index.html#15

このブックを見る