IKUEI NEWS vol.79
20/36

明日への視点教養について考える自分を育てる学生生活の過ごし方20「教養バカ」にならないために ―真の教養人とは―寄稿●3竹内 薫サイエンス作家さまざまな事柄に興味を持ち、人生を広げる「教養」を得る「教養なんて格好悪い」と日々を無駄にしてはいないか。何か一つ打ち込めるものを探してみよう。日本と欧米諸国、「教養」に対する意識の乖離 むかし、カナダの大学院に留学していた時に肌で感じたことがある。20代のころ、フランス色の強いモンレアル(英語読みでモントリオール)という街にある小さな大学で哲学と物理学を勉強していた時のことだ。 同級生の多くは、イギリス、アメリカ、イタリア、フランス、オーストラリアといった、いわゆる「欧米」から来ていた。大学内では、専門分野の議論ばかりしていたが、街に繰り出して、レストランで彼らと食事をしながら話を始めると、一気に土俵が広がった。レンブラント(※1)好きがテーブルの隅で絵画の話にのめり込んで行く。テーブルの真ん中付近では、なぜか言語文化の話題が花開く。いつの間にか、数人のグループが、音楽のミニマリズム(※2)の議論を始めた。ワインの瓶を空けながら、週末になると、深夜を過ぎてもテーブルの上には「教養」のお皿がたくさん置かれていた。おそらく、欧米の大学に留学経験がある人の多くが、このような体験をしたことがあるはずだ。なぜなら、欧米の大学では、4年かけて「学生に教養を叩き込むこと」を主要な教育目標にしているところが多いからだ。 学生たちは、めちゃめちゃ厳しい環境で勉強にまい進する。宿題や課題も多く、日本みたいにアルバイトなどしている暇なんぞない。家が裕福でなければ、成績上位に食い込んで、給付型奨学金を得て、勉学に専念する。社会も、学生は勉強するのが仕事だ、くらいに考えているらしく、お金持ちが何億円も大学に奨学金を寄付したりする。やがて4年かけて学生たちは、幅広くバランスの取れた教養を身に付けていく。そして、充分な教養を身に付けたと判定された者のみが、大学の卒業を許され、今度は法律、医学、工学、経営といった専門分野に特化した大学院へと進学することになる。 対照的なのが日本の大学教育である。日本の大学の多くは、教養部を解体し、いきなり1年生から専門教育を施している。教養なんて無駄だ、効率よく、1年生から専門教育を始めたほうが、会社の就職でも有利ではないのか。そんな「教養軽視」の発想が支配的だ。日本の大学生の飲み会では、真面目に教養の話をすると「格好悪い」という風潮でもあるのか、一気飲みをしたり、王様ゲームをしたりして、場を盛り上げることが多いように感じる。どうやら、日本の大学では、大学側も学生側も、教養を軽視しまくっているようだ。「ウサギ型」の日本人と「カメ型」の欧米人 なぜ、このような違いが生まれるのだろうか。 いろいろな理由があると思うが、私見では、日本人は「ウサギ型」であり、欧米人は「カメ型」なのだと考えている。日本人は、やたら効率を追い、目先の結果を求めたがる。欧米人は、ゆっくりと教養を身に付けて、最後に勝てばいい、くらいにどっしり構※1 レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レイン。バロック期を代表する画家の一人。※2 美術・建築・音楽などの分野で形態や色彩を突き詰めようとした、一連の「最小限主義」のこと。17

元のページ  ../index.html#20

このブックを見る