IKUEI NEWS vol.79
16/36

明日への視点教養について考える自分を育てる学生生活の過ごし方20理系大学生にこそ教養を寄稿●1上田 紀行東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院長新時代のリベラルアーツ教育へ-「志」を育てる東工大の新たな挑戦-教養とリベラルアーツは似て非なるもの。「志」を身に付け、社会で自由に羽ばたこう。「文理」を意識し過ぎてはいないか 文系の学生は大学で文系の学問だけを勉強すればいい。理系の学生は大学で理系の学問だけを勉強すればいい。 こうやって文字にしてみるだけで「ちょっとおかしいんじゃないか?」と気付かれると思います。文系、理系と分けられるのは大学入試の試験科目の時までです。社会に出た人間が、文理の区別の下に生きているでしょうか。また、これだけ科学技術が進歩し、私たちの日々の生活に大きな役割を果たしている時代に、文系だからといって科学技術の知識がゼロでやっていけるでしょうか。理系の人たちが、その科学技術がいかに社会を動かし、人間の幸福に寄与できるのかを全く考えずにその研究だけを続けられるでしょうか。 理系大学の本学では、リベラルアーツ教育を一つの柱とする教育改革が進んでいます。学士1年生から修士課程、博士課程までリベラルアーツ科目が必修となり、全学1万人の学生が「文系」科目を毎年履修します。そのコンセプトは「志を育むリベラルアーツ教育」。入学直後には新入生全員が「東工大立志プロジェクト」を履修し、3年生全員が「教養卒論」を執筆しています。成果主義により失われたリーダーたりえる学生 では、なぜ理系大学にリベラルアーツ教育が必要なのでしょうか。 1990年代以降、「大学院重点化」が活発になりました。これは、大学の研究機関を「学部中心」から「大学院中心」に変えようとする動きのことです。これに伴い、文系の教員は大学院に分属されるようになり、やがて教養教育の核は衰退していくこととなります。また日本社会に成果主義が浸透したこともあって、学生気質が劇的に変化しました。評価に対して敏感な学生は、大学入試科目だけを重点的に勉強するようになってしまったのです。本学の場合は、数学や物理といった、理系科目以外をあまり知らない学生が入ってくるようになりました。 そんな学生たちの最大の問題は、「他人が立てた問題に解答はできるが、自分自身が問いを立てられない」ということでしょう。自分が人生を賭けて追求する問題が、どこにあるか分からない。誰かが作った問題を解くだけ。それでは社会を牽引するリーダーには決してなり得ません。それは本学に限らず、文系の大学でも多く見られる、日本の教育の大問題です。教養ではなく、リベラルアーツから「志」を得る その過程で、従来の「教養」ではなく「リベラルアーツ」という言葉が多く聞かれるようになってきました。リベラルアーツとは古代ギリシャやローマに13

元のページ  ../index.html#16

このブックを見る