IKUEI NEWS vol.79
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かおり教養とは「考える力」である 私は2013年、有志と共に株式会社教養学舎を立ち上げ、翌年名古屋市昭和区で小学生から高校生までを対象とした学習塾「エコル・ア・パンセ」を開業しました。塾名の「エコル・ア・パンセ」とは、フランス語で「考えることの学校」という意味。本校の目的は、受験に合格するための知識を詰め込むことではなく、子どもたちの「教養」を育てることです。 私は、教養とは「自分の頭で考える力」だと解釈しています。未知の課題や解決困難なことに遭遇したときに、適切にその場の状況を捉え、自ら考えて良識をもって行動できることが具体的な教養の在り方だと思います。 そして、思考とは記号も含めた広い意味での「言葉」そのものです。私たちは、常に言葉を介して物事を理解し、思考・想像しており、「教養」と「語彙」は切り離せないものだと思います。さまざまな状況における語彙・記号をできるだけ多く、分類・整理された形で頭の中にストックし、そこから適切な用語・用法を取り出すことで、思考を始め想像力を羽ばたかせる。その力をどんな状況においても発揮できる人が、教養のある人です。本校では、子どもたちをそのような教養人に育てるべく、考える下地を作る教育をしています。子どもたちの「自分で考える頭」を育てるために開校 本校の設立に至るきっかけは、前職で学習塾の国語科講師として高校生を指導していた時に、日本の教育の現実を目の当たりにしたことでした。県内トップレベルの進学校の生徒でさえも語彙力がひどく低く、表現が乏しいことに気付いたのです。言葉を知らないと、人はその時点で思考を停止してしまいます。どうにかこの状況を改善したいという思いで、受験指導科目の枠内ではあれ、日々工夫を凝らしていました。 そんな時に東日本大震災が起こり、私たち日本人は自分たちの無力さや思考力・想像力の欠如に直面することになりました。これをきっかけに社会全体が、「日本はこのままではいけない」と根本の価値観から変わると信じていましたが、現実はさして考え直すこともなしに、経済優先の社会へ元通り。そんな日本の社会に失望したと同時に、受験国語の指導を続けるだけでは、大人として無責任だと痛感しました。 このような思考停止の状況を生み出したのは、やはり母語の貧困が主な原因だと思います。社会全体は難しいですが、せめて自分の手掛ける子どもたちだけは、ものを考えて行動できる「教養」を身に付けてほしい、という思いから開校を決意しました。決して教えず、考えることを促す仕掛けを 本校は、小学生から高校生まで含めて全生徒が25人ほどの、とても小さな塾です。他の塾と大きく違うのは、安直に教えることはしない、ということ。丸暗記や棒暗記は絶対に許さず、覚えるべき事項についてはその意義と重要性の理解を先行させます。生徒の自主学習を尊重し、講師は答えや解法を教えるのではなく、アドバイ株式会社教養学舎代表取締役 望月 馨考える力こそが教養である社会人が考える教養7

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