ikuei news_vol74
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ではなく、「勉強か運動か」という多くの日本人が抱く考えとは、一線を画している。「勉強」とは何を定義するのであろうか。自分の能力や可能性を開花させ、自由に未来を描き、世の中に貢献することだとしたら、競技人生を終えた後も活躍する彼らの姿からは、「勉強か運動か」ではなく、「勉強も運動も」という言葉が浮かぶ。日本における「勉強と運動」の深い溝 では、何故このような文武両道が可能なのであろうか。全米大学体育協会NCAAは、例えばアメリカンフットボールで前年度に大活躍して新人王をとった選手でも、大学で講義の単位をしっかりと取得していない学生は、次のシーズンに競技会出場を許可しない。このように、アメリカをはじめとする先進国は、勉強と運動の両方を大切にすることが社会システムとして構築されているのである。そのような土台があるからこそ、五輪のスポーツで活躍した後に、医師や弁護士といった職に進むことが可能なのである。 これに対して、現在の日本の教育現場では、勉強と運動の間の深い溝を感じることは多い。身体を動かす「体育」と、教室や実験室で学ぶ「理科」を関係のない科目だと考えている生徒は多く、例えば中学校や高校の理科の授業中にスポーツ科学の話題を紹介すると、生徒の中に驚いた表情を多く見つける。中学校・高校では、動物の体の仕組みを学ぶとき、カエルの解剖を基に、筋膜や筋の特徴、筋から骨へとつづく腱の付き方、筋肉を引っ張ると骨が動くことなどを学ぶが、カエルという動物の体内を学ぶことと自分の身体とは別だと捉えることが多い。 私たち日本人は、人体解剖やヒトが動く仕組みを、ほとんどの大学で受験科目にない「保健体育」の中で学ぶが、欧米先進国はいわゆる主要五科の中の「理科」で学ぶ。日本でも、理科の中で自分の身体を学ばせたい。すなわち、理科の生物や物理の中で身体運動を例として扱い、自分自身の身体が科学の対象であることを認識することから、文武両道のスタートが切れると考えている。速く走る、巧みに敵を交わす、踊り表現する……その身体の中で起きている筋収縮、酸素の運搬やエネルギー代謝など、運動の仕組みの多くは理科の教科書に広がっている。そしてそれは、「身体」という資本をつかって「ヒトが生きていく仕組み」を知るという、運動と勉強は両者が支えあっていると理解できるからなのである。生活に運動習慣を取り入れ、身体の仕組みに目を向けよう 我々は、スポーツ科学の研究者として、人間の身体の中に散りばめられた巧みさや不思議さに目を向ける機会を、多くの人々に持ってほしいと願っている。運動中の脳は活発化し、勉強と運動は支えあっていることを再認識してもらいたいのである。勉強と運動の両立は難しいことではなく、身体を大切にして動くことを楽しみながら、バランスよく生活の中に運動を当たり前にとりいれる。時間を自由に使うことのできる大学生たちにこそ、おすすめしたい習慣なのである。深代 千之(ふかしろ せんし)1955年、群馬県生まれ。東京大学大学院教育学研究科修了。博士(教育学)。鹿屋体育大学体育学部助手、(財)スポーツ医・科学研究所副主任研究員などを経て、2008年より現職。専門はスポーツ科学・バイオメカニクス。日本バイオメカニクス学会会長、東京体育学会会長、国際スポーツバイオメカニクス学会理事。著書に『<知的>スポーツのすすめ』(東京大学出版会刊)、『スポーツのできる子どもは勉強もできる』(幻冬社刊)ほか多数。16

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