ikuei news_vol74
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運動は、脳を含めた身体全体を育む 「文武両道」という言葉がある。江戸時代、若い武士たちは藩校で勉学に励み、武術を磨いていた。具体的には、午前中は机に座って学問を学び、午後は屋内外で身体を鍛えていた。彼らの多くは、明治維新以後、新しい日本の発展を支えて活躍した。時を経て、現代の日本では、知育偏重の受験構造の弊害といえるが、勉強か運動どちらかが得意だとどちらかが不得意といった考え、つまり勉強と運動は別という考えを多くの人が持っているようである。しかし、この考えは科学的に正しいとは言えない。勉強と運動は対立するものではなく、むしろ両者は支えあっているといえる。その理由を様々な観点から探ってみたい。 1904年のセントルイス五輪、アメリカ合衆国のエドガー・レナード選手が、テニス男子ダブルスで金メダル、男子シングルスで銅メダルを獲得した。テニス界で数々の栄光を飾った彼は、名門ハーバード大学卒のテニス選手である。五輪メダルとハーバード大学卒、エドガー・レナード選手が才能に恵まれた人物であることは疑わないが、彼をかけ離れた存在だと考えるのは早合点である。 運動中の私たちの脳の中では、何が起こっているのだろうか。例えばテニスの競技中、「ボールを打つ」という指令が出ると、脳の中では、これまでの練習や学習によって蓄えられた多くのプログラムの中から、目的に適した神経パターンが導き出される。この指令は、脳から脊髄へ伝わり、神経細胞を次々と素早く進んでいく。そして行きつく先の、身体の各部の筋肉で筋収縮が起こる。テニスラケットで「ボールを打つ」動作は、上腕・肩はもちろん体幹や下肢の筋肉、そしてボールの動きをとらえる眼、空間を認識する感覚……身体全体が協力して作り上げるダイナミックなシステムである。一瞬にして、相手やボールとの距離感等を判断・認識し、多くの情報を身体各部に発信するこのとき、脳は活発に働いているのである。 「運動神経が良い、悪い」という表現をよく耳にする。運動神経とは中枢神経系から末端へ向けて広がる末梢神経系のひとつで、脳からの指令を各運動器に伝える神経である。ゆえに、この表現は正確ではなく、運動が得意か不得意かは、運動神経そのものではなく脳の中の神経伝導パターンを指す。様々な動作経験で作り上げられた脳・神経パターンの引き出しの多さは、運動能力を支える一つである。神経細胞間の接続部であるシナプスには可塑性があり、幾度となく繰り返された動作は、シナプスの伝達効率を上げ、かつショートカットの道筋を作り上げる。随意的な意識により動作を表出することは、脳を含めた身体全体を育んでいるのである。 前述のレナード選手は、ハーバード大学テニス部のキャプテンを務めていた。セントルイス五輪で共に金メダルを獲得したダブルスのペアは、同大学卒のビールズ・ライト選手である。彼らの他にも、ハーバード大学出身のオリンピック選手は200人を超す。さらに彼らはオリンピック出場後、医師免許や弁護士免許を取得し、世の中で活躍することも珍しいこと現代に必要な「文武両道」寄稿●4深代 千之東京大学大学院 総合文化研究科 教授内海 良子東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程(共同執筆)「文武両道」を再認識し、運動をバランスよく生活に取り入れよう人間の身体を動かす「運動」は、「ヒトが生きていく仕組み」を学ぶ「勉強」である。運動は脳を含めた身体全体を育み、勉強と同様に脳を活性化する。明日への視点大学時代から運動を習慣づける自分を育てる学生生活の過ごし方1615

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