IKUEI NEWS vol72
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ある「詩人」との出会い アフリカへの好奇心は子どもの時からのものだった。興味に任せて進んだ大学では東アフリカの共通語スワヒリ語を中心に学んだが、4年間では飽き足らず、大学院ではスワヒリ語による文学の研究を始めた。その上で消えない問いがあった。「後発開発途上国」とされる国において、少数のエリートしか読まない文学を研究する意義は何かという問いだ。 研究対象の国、タンザニアに初めて赴いたのは去年の夏である。旅の途中、スワヒリ文化の中心地、ザンジバル島で漁師の見習いをしていたアフマドという青年と出会った。彼には滞在中とても世話になり、スワヒリ語会話の優秀な教師にもなってくれた。彼の暮らしは文字通り宵越しの金を持たないというものだったが、親切への対価を受け取ろうとしなかった。 ある日海を見ながら彼は「詩が浮かんだから聞いてくれ」と言い、「夜が訪れると太陽が身を隠し……」と韻律のそろった完璧な定型詩を披露した。私は驚いて「書きとめるからもう一度!」と頼むと、「もう忘れたよ」と澄ました顔をしている。その時の私は、中学に行っていない若者が詩作するという事実にただ驚いた。その後、彼の詩を書きとめさせてもらい、辞書を手に読み解いてみた。暑さの和らぐ夜の訪れを喜ぶ詩や、海の危険性を説く詩、私の名前を使った言葉遊びもあった。文学の拡張と縮まらない世界の格差 アフマドとの出会いで学んだことは多かった。まず、私が抱いていた問いは文学についての思い込みによるものだったことに気がついた。私達は文学というと読むものと思いがちだ。しかしもともと文字を持たなかったアフリカの多くの社会において、文学は口頭で楽しまれ伝えられていくものだった。スワヒリ語話者の中には、小説は読まなくても詩作を趣味とする人はたくさんいるのだ。ふと生み出され、歌われ、消えていく詩……そのような文学の形を知らないままでは私の文学観は狭いものになっただろう。 親しくなったために感じるつらさもあった。一度彼に、「日本に行ってみたいと思う?」と尋ねたことがある。彼はこう答えた。「叶わない望みは持たないようにしているんだ」。この答えに、彼と私の間に横たわる格差の存在を意識させられた。お世話になった彼に私ができたことは結局何もなく、ただ「今までありがとう」と言っただけで別れてしまった。 今回の20日間の留学では、その国の言語を話すことの大切さを学んだ。人々と親身に話し、その心に触れることができたのはスワヒリ語のおかげだろう。同時に、この世界における自分の立ち位置を意識しないまま、この研究はできないということを思い知った。アフリカの地との向き合い方を常に考えつつ、これからもスワヒリ文学の研究に勤しんでいきたい。大阪大学大学院 言語文化研究科2年 小野田 風子タンザニアのダルエスサラーム大学へ留学スワヒリ文学は誰のものか?ザンジバル島で出会ったアフマドさん。「奨学生のページ」は奨学生の活動について報告するページです。今回は、電通育英会の海外留学・活動支援を受けて、タンザニアのダルエスサラーム大学へ留学した小野田風子さんによるレポートを紹介します。タンザニアの大都市ダルエスサラームの本屋の外観。スワヒリ語による作品も並んでいます。34

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