IKUEI NEWS vol58
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 加藤周一の『学ぶこと 思うこと』は、2002年6月に東京大学で開催された新入生対象の講演会「学ぶこと・思うこと」を再構成したもので、A5判55ページで500円という手軽な小冊子だが、中身は生半可なものではない。 タイトルは『論語』の「学びて思わざれば罔し(学而不思則罔)思いて学ばざれば殆し(思而不学即殆)」。つまり「学んでもみずから考えなければ本当の知識にならないし、たとえみずから考えていても学ばなければ、その人の行動は危うい」を踏まえ、新入生への指針を象徴している。1919年生まれの加藤にとって当日の聴衆は孫世代に相当するが、その口ぶりには年寄りの説教臭さもなければ、若者をおだてるようなリップサービスもない。知の先達によるストレートな導入教育だ。 加藤周一のスタイルといえば、明晰な論理性に貫かれた無駄のない文章を特徴とするが、ここでも根源的という意味でのラディカルな問題意識がそのスタイルで展開され、特に敗戦から「有事法制」までの責任の所在に関する分析は、日本的な「罔さ、殆さ」を超越していて、見事だ。 『新編 平和のリアリズム』は、国際政治学者の藤原帰一が折々の時事問題―湾岸戦争や9.11など―について発表してきた様々な文章を一冊にまとめたものである。タイトルについては藤原自身「平和とリアリズムを並べれば、訝しく思う人もいるだろう」とその据わりの悪さを認めるが、目指すところは極端に観念的な二者択一ではなく「慎重なリアリズムに裏付けられた平和の構築」、いわば第三の道である。 安易な妥協ではない第三の道を模索する藤原帰一の姿勢は柔軟な思考力に支えられており、「本来の『平和』という観念は、要するに戦争がない一時の状況をさす観念であって、特に世界の破滅ともユートピアとも関係ない」と言い切る冷静さは、加藤周一のラディカルさとはまた別の味わいがあって、潔い。 斎藤美奈子『紅一点論』は、サブタイトル「アニメ・特撮・伝記のヒロイン像」からマニアックな論考が想像されるかもしれないが、単なる近視眼的なオタク本ではない。着眼と主張のラディカルさでは加藤周一にもひけをとらない。  特撮&アニメ番組のタイトル名が漢字とカタカナの組合せ「漢漢漢漢カカカカカ」で構成され、男の子向けはGDB音で強さを演出し(例えば『機動戦士ガンダム』)、女の子向けではMRS音を中心に「かあいらしさ」が競われる(例えば『美少女戦士セーラームーン』)―このような分析を読むだけでも愉しいが、斎藤美奈子のヒロイン像分析の背景には「世界は『たくさんの男性と少しの女性』でできている」というアンバランスな現実社会の観察があり、子ども向けの特撮&アニメの世界観が大人の現実と地続きであることのグロテスクさが浮き彫りにされる。痛快だ。中央大学文学部 教授中尾 秀博現代日本を映す3冊中尾 秀博(なかお ひでひろ)東京大学大学院人文科学研究科博士課程(英語英米文学)中退。明治大学政治経済学部講師、中央大学文学部助教授を経て、1997年より現職。専門は環太平洋(アメリカ・オセアニア・日本を中心とする)文学・文化研究。選考委員の先生からの推薦連載●第6回『新編 平和のリアリズム』藤原帰一・著岩波現代文庫 1,554円(税込)冷戦の終焉から9.11事件後の世界を経て、日米の民主党政権誕生までの20年にわたる論を収録。文庫版は2004年の初版に大幅な改編を加えたもので、半分が新しい論稿で構成されている。『学ぶこと 思うこと』加藤周一・著岩波ブックレット 525円(税込)東京大学の新入生に向けた講演の記録。あらゆる問題解決のためには「学ぶこと」と「思うこと」が不可欠だと説き、その具体例を挙げながら考えるヒントを与えてくれる一冊。『紅一点論 ―アニメ・特撮・伝記のヒロイン像』斎藤美奈子・著ちくま文庫 819円(税込)アニメや伝記における紅一点ヒロイン像の表象と、その背景を詳細に分析することで、戦後日本のメディアが子どもに提供してきた女性像を考察した評論集。くらあやういぶか43

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