IKUEI NEWS vol58
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える必要があります。ボランティア活動をしようとする時に考えてほしいことは3つです。 一つ目は「本当に必要な仕事かどうかを考えること」。あればいい程度だったら学生はむしろ勉強をしなさい。二つ目は「行政の怠慢を学ぶこと」です。本当に必要な仕事は知識、準備、訓練が備わっているプロがやるべきで、プロを集めるのは行政の仕事です。自衛隊が頼りにされるのも彼らが訓練されているからです。三つ目は「必要な予算は行政が手当てしなければいけない」。本当に必要な仕事に予算を手当てすることは行政の責務です。それを何でもボランティアに任せてしまうのは行政の怠慢です。ボランティアではなくて、人を雇用すべきです。 私が、学生に学んでほしいことは、世の中の常識・通念・空気に対して、疑問を持つことです。ボランティア活動だからと言って即座に「うん、賛成」と納得するのではなく、立ち止まって自分で考えてみて、結論として「うん、良いことだ」と思えば、ぜひ行ってほしいと思います。「いや、これはちょっと違うな」と思ったら一歩留まってほしい。こういうプロセスを経た上で取り組むのなら、私は賛成です。 陳腐化した通念は、原点という碇を失い、広い海原を漂流しているブイのようなものだと思います。私は常に学生に「常識・通念・先生の言うことを疑え」と言っています。教えられたことをベースに、自分で考える。そういった姿勢を身につけた上でボランティアに参加してほしいと思います。ましてや流行としてのボランティアや単位取得のため、就職活動のためのボランティアに至っては論外です。見返りを求めず、顔の見えないボランティアで良い ボランティアは学生を成長させるという話をよく聞きます。確かにそういった教育効果はあると思いますが、本来は別のところで成長させるべきです。ボランティアを受ける相手に対して失礼だと思います。初めてボランティア活動に参加する時は、十分な訓練をしてから臨まなければなりません。それもせずに「成長した」と思って帰ってくるのは、相手に何かをさせていることを意味します。 大学もボランティアセンターを作ることで、学生が成長すると頭から信じて疑わない。そして、それをしないと今の大学としては体裁が悪いというだけのところが多いような気がします。 老人が多い過疎地に学生がボランティアに行くと喜ばれます。町が元気になるのも事実です。でも一度喜ばれるだけではだめで、継続することが大切です。たまに高齢者の介護ボランティアを行う人は、思い切り丁寧に行き届いた介護をしてくれます。ボランティアが帰った後にいつもの方が介護をすると、介護される側は「ボランティアの人の方が親切だった」と言います。毎日介護している人は相当な苦労を抱えています。たまに行く人間が普段やっている人以上のことをするのは、かえって問題を残す結果となってしまいます。 「相手の笑顔、ありがとうの一言にやりがいを感じる」というのも参加した学生がよく口にする言葉です。でも、無償の行為、見返りを求めないボランティアに、それは不要です。誰がやったか分からなくても良い、黙って帰ってくれば良いと思います。 昔の中国の話ですが、今、国を治めている皇帝の名前が誰か分かる治世は、だめな治世だといいます。民が皇帝の名前は知らなくても、暮らしやすい豊かな生活を送っているのが良い治世だといいます。ボランティアも同じで、顔の見えないボランティアであっても良いとは思いませんか。疋田 聰(ひきた さとし)1946年生まれ。慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得。日本経済新聞社広告局勤務の後、1981年東洋大学経営学部専任講師に就任。助教授を経て1990年より現職。専門は広告学、マーケティング論。日本広告学会副会長。共著書に『新広告論』(2005)など。8

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