IKUEI NEWS vol58
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私にとってのボランティア=ラジカルなボランティア 私は、ボランティア活動は良いことで、どんどんやるべきだという意見に対して、「ちょっと待て」という立場です。もちろん、ボランティアを完全に否定しているわけではありません。しかし、ボランティア活動と授業が重なった時に、授業に出られなくても仕方がないというのはおかしいと思っています。 ボランティアとは、「自分の意志で自分の資源(身体、物、金、情報)を、人や社会のために提供すること」であり、その行為に「見返りを求めない」というのが私の基本的な考え方です。したがって、ボランティアに単位を与えるなんてもってのほかです。道路清掃のボランティアをする前に、まずは道路を汚さないように心がけるべきです。私はこれを「ラジカルなボランティア=根源的なボランティア」と呼び、とても大切なことだと思っています。ボランティアの基本は家庭教育で育まれる自立心 学生が「身近なボランティアといっても何をしたら良いか分からない」と言いますが、それはボランティアとは何かということを理解していないからです。 私は、ボランティアの基本は、親が子どものしつけをすることだと思っています。教育の場には、家庭、学校、社会などがあります。教育基本法第10条の家庭教育の条文には「父母その他の保護者は子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする」とあります。 つまり、子どもの教育の第一の責任は親にあり、社会がそれをサポートしなければならない。私はこの考え方に同意します。しかし今の日本では、親が子どもに社会生活のルールや自立心を教えるべきだということが、ほとんど忘れられているように思います。それを身につけずにボランティア活動をするなんてあり得ない話です。 ボランティア活動のきっかけはどこにでもあります。海外や被災地のボランティアに行く前に、まず家の中や学校でできることから始めるべきです。被災地での学生ボランティアの貢献は、私もよく聞きますし、活動自体は評価しています。ただ、いくら被災地や海外といった非日常の場での活動を評価されても、もし彼らが日常でごみやたばこの吸い殻を道に捨てていたとしたら、本末転倒だと思います。まず両親やボランティアを推奨する人たちが、「人が見ていないところでもボランティアはできる」ということを学生に教えてほしいですね。 ボランティアの役割とは、相手の自立の精神を育てることです。支援とは、人の自立する心を支援することです。ボランティアがすべてを与えてしまうことで、自立しようとする心を邪魔するような支援であってはなりません。世の中の常識に対して常に疑いを持って学ぶ 「ボランティアは良いこと」という常識がありますが、そのマイナス面も考常識を疑う心でボランティアを考える東洋大学 経営学部教授 疋田 聰<学生ボランティア慎重派の意見>7

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