
中国人、中国文化への理解を深めること、中国の現状を学ぶこと、中国語コミュニケーション能力の向上、 卒業論文のための研究。
平成2009年9月~平成2010年7月
上海外国語大学
国際交流学院
私は交換留学生として、中国の上海外国語大学に1年間留学しました。 留学の目的は、中国人、中国文化への理解を深めること、中国の現状を学ぶこと、 中国語コミュニケーション能力の向上、そして卒業論文のための研究でした。
最初に、留学を総括して言うと、当初私が掲げていた目標は反省すべき点はあるものの、 ある程度達成できたのではないかと思います。私が所属することになったのは国際交流学院というところで 各国からの留学生が中国語および中国文化について学ぶところです。授業は語学と平行して、 中国文化・中国の政治・社会などを学ぶ授業を受けました。
中国文化への理解を深め、現状を学ぶということについては学校の授業が大いに役に立ちました。 中外文化交流史では中国から始まった貿易(玉やシルク)や宗教(道教、儒教)の始まりから栄えるまでの過程と諸外国との関係や、 中国で始まった製紙法が日本や韓国に伝わり、その国々でより発達しまた中国に伝来した、等の内容を学びました。 古代より、日本・中国・韓国はそれぞれ文化交流をしながらそれぞれの国で独自に発展させてきたことを改めて実感しました。 現代文学の授業では、魯迅から始まる中国現代文学を学びました。教材には原文がそのまま載せられており、予習には大変苦労しました。 映画の授業では、映画を通して中国社会の背景、たとえば抗日戦争時代の若者の心情、封建社会において抑圧される女性、 文化大革命時代の人々の暮らしや心の闇などを学びました。一つ印象に残っている出来事があります。 文化大革命後期を舞台にした映画のなかで、結婚して家を出る娘に母親が腕時計を渡すシーンがありました。 何気ない別れの場面のように思えましたが、先生の説明によると、「この時代、この時計は120元ぐらいしました。 120元というのは当時の人にとっては大金です。それだけ娘の結婚を喜んで祝福していることを表現しています。」 とおっしゃいました。時代背景をすべて把握していない留学生にとって、そのシーンの重要性は先生が解説してくださらなければわからなかったことだと思います。
中国国情のクラスでは、中国社会、政治、産業の概況を学びました。また、先生がその日のテーマに関する問題、 自分の考え・体験なども説明してくださいました。しかし、それだけでは足りないと思い、毎日ニュースや新聞を 読みながら今の中国を知ろうと努めました。日中翻訳の授業では、先生が持ってきてくださる資料を中国語に翻訳する ということをしました。先生は私たちにできるだけ中国の「今」を知ってほしいという思いから、授業の前には 最近の話題を色々と話してくださり、資料も先生手作りのものでした。最後の授業は中国の受験戦争についての話題でした。 中国では省別に大学入学テストがあり、大学別に合格ラインが定められています。その中で、北京や上海などの発展した 地域では比較的点数が高く、西側の発展が遅れた貧しい地域では点数が低く設定されているために、大学入試のためにわざわざ合格ラインが 低い地域へ引っ越す「受験移民」が増加している、という内容でした。中国の熾烈な受験戦争、学歴の重要さを表している現象だと言えるでしょう。
現在、中国の経済成長の勢いは素晴らしい半面、社会には貧富の格差、ワーキングプアの問題など解決しなければならない問題も たくさんあることがわかりました。ワーキングプアの問題は深刻で、特に都市部で就職した若者は、給料は安いのに家賃はどんどん上がり、 狭い家に暮らしているということで「蟻族」と呼ばれ新聞にも特集されていました。給料が低いため、故郷に帰るお金も惜しい、 貧しい姿は見せられないと言って一番大切な旧正月にも家族に「仕事が大変で忙しいから」と嘘をついて故郷に帰らない若者も多くいます。 新聞でこのような若者を取材した記事を多数見ることができました。他にも戸籍の問題、人口抑制のその後の懸念なども授業を通して知ることが できました。日本にいると、中国の経済成長ばかりが取り上げられ観光客増加に関する報道ばかりですが、中国国内ではその成長の恩恵を 受けていない人も多くいるということを忘れてはいけないと思います。調和のとれた社会の実現ができるよう、 成長重視の姿勢からの転換をする必要があると思います。
中国語でのコミュニケーション能力についてはかなり向上させることができたと思います。留学当初は授業についていくのも必死で、 勉強漬けの日々でした。その反面、日を追うごとにわかるようになっていく楽しみも味わうことができました。
私は卒業論文のテーマとして「日本の歴史教育の問題点」を取り上げたいと思っています。そのため、日中戦争などの近現代史を積極的に 行っている中国において学びたいと思いました。私の学校で希望するような授業は開設されておりませんでしたが、図書館などで資料として 書籍や雑誌の論文を活用しました。学んでいくうちに、自分がいかに歴史というものを知らなかったかということに気づき、 また学校で学んできた戦争の歴史も本当に少なかったことを知りました。日中の関係は現在安定していますが、特に歴史認識に触れると あやうくなってしまうという、不安定なものです。これからもいつ、何がきっかけで関係が悪くなるかわかりません。 これは韓国との関係でも考えられることですが日本が中国・韓国との関係をよりよくするためには、日本人も歴史をしっかり学ぶことが 必要だと考えます。この考えを、論文において書いていきたいと思っています。中国でこのような言葉を学びました。 「過去のことを忘れず、後世の師とする」この言葉をもっと多くの日本人も知り、戦争の歴史を学ぶべきだと考えています。
生活面について述べたいと思います。通常の授業は、各国の留学生たちとともに受けるというスタイルで、多くの留学生と知り合う機会ができました。 しかし私は中国人をもっと理解したいという思いもあったので、中国人の友人も増やす努力をしました。日本語を勉強中の友人とはともに勉強し、 遊びに出かけたりすることで言葉や若者の習慣、考え方なども学べたと思います。
また、私は音楽が大好きなので学校でピアノクラブにも参加していました。最初、先生に緊張しながら拙い中国語で「私もピアノを弾きたいので 参加させてください」というと、笑顔で「あら、いいわよ」と気さくに受け入れてくれました。先生の事務室で、先生とお話をすることがとても好きで、 日本の政治や中国の政治、教育、私の就職のことなど色々と話しました。気がつくと1時間以上経っていたこともありました。
後期からは日系企業でインターンシップを行いました。社会人として未熟な私でしたが、たくさんのことを学ばせていただきました。この経験はきっと日本で就職してからも私を支えてくれると思います。
留学中たくさんの出会いがあり、そこからどんどん自分の世界が変わっていくことを感じました。どんな時も自分から声をかけたりして、 世界を広げていくことが大切だと思います。待っているだけでは何も始まりません。悩んだり、迷ったりして内に閉じこもりがちになることも ありますが、そんな時こそ外の世界へ視野を広げることも必要だと感じました。そして、今後中国からの旅行者が増えていく中で国民同士の 交流も盛んになると思います。しかし中国・中国人に対してマイナスイメージを持っている方もおり、文化の違いもあり理解しがたいことも あるでしょう。だからこそ今後は偏見なく相手を理解することが求められるべきだと思います。これが、国際社会へ進む一歩だと思います。
この留学は多くの方の支えがあって実現したものです。援助をしてくださった電通育英会様への感謝を忘れず、一歩ずつ前へ進んでいきたいと思います。