
アメリカ合衆国の多文化共生政策について学ぶこと。
平成16年8月~平成17年5月
ホリークロスカレッジ(アメリカ合衆国)
教養学部教育学科
私の留学の目的はアメリカ合衆国における移民政策と多文化共生政策について勉強することでした。アメリカでの勉学を通じてアメリカ社会に存在する大きな矛盾を肌で感じることができました。自由と友愛を標榜するアメリカという国の中にはたくさんの子供を抱えて狭く汚いアパートに押し込められ、仕事を見つけることのできない移民の人々がいました。その中で様々なやり方で今ある状況を変えようとしている人々がいました。その方々との出会いは私が今回の留学で得たもっとも大きな収穫だったと思います。
私自身メキシコへ留学していたこともあり移民の中でもラティーノと呼ばれる中南米系の移民に焦点を当て一学期は授業を履修しました。私は普通の学生が4つの授業しか履修しないことを知らずに、一学期は5 つの授業を履修することになりました。その中で特に多文化共生や移民政策に関わっていた授業というのは"Latinos in the U.S."と"Schooling in the U.S."です。前者はラティーノに焦点を置いて、彼らの教育、雇用、差別、経済状況など様々な側面からラティーノの人々が置かれた状況を分析する授業でした。後者は特に教育政策に重点を置き、なぜ社会の中で少数派と呼ばれている人々がアメリカの教育システムの中で見放されているのかという問題についてクラスの中で議論しました。私が学んでいた2004年の秋にはアメリカの大統領選挙があり、クラスの中でブッシュ大統領とケリー候補の移民政策の違いについて時間をかけて議論したことをよく覚えています。毎回の授業で大統領選に絡んで移民の問題が議論されている新聞記事を持ち寄り、教科書の中からでは得られない、移民に対する社会の動きも同時に学びました。授業の後半には私の関心が教育の問題から政治の問題へと移っていきました。というのもアメリカでは教育という社会政策の一側面だけでなく、より広い移民に対する社会の姿勢が政治家や政権の政策の中に現れていました。
授業と平行して政治家への啓蒙活動や選挙など様々な手段を使って移民の人々にもっとよい生活をもたらそうとしている人々にも出会いました。10月から12 月にかけて"Latinos in the U.S."の一環として、"隣人から隣人へ"という市民団体に参加し、移民やマイノリティーの方々の政治参加を促す活動に関わったことは私の一生の財産になりました。"Latinos in the U.S."ではこの地域の共同体での活動を授業の評価の一部として取り入れ、学生に全部で40時間の活動をすることを単位取得の条件としていました。特に移民の政策は文献などで学ぶよりも市民団体で活動していく中で、実際の移民の方々からお話を聞いたことが一番勉強になりました。また地域で活動する中で日本では絶対に会うことのできないマサチューセッツ州上院議員の方々や私の滞在していたウースター市の市長さんのお話を伺ったことは、期末に書いたラティーノの選挙行動に関する論文の大きな助けとなりました。将来的にはアメリカで一番大きい少数派グループになるといわれているラティーノの人々の意思を政治に反映させるには何が必要かをその論文の中で探りました。一学期は他にもラティーノの出身地域である中南米に関する導入の授業、中南米の法と暴力に関する授業、そしてスペイン語の授業を履修しました。アメリカの状況だけではなく、中南米の各国の経済状況や社会状況を学ぶことによって移民の問題を送る側と受け入れる側両方の立場から見ることができました。文献の量の多さに最初は戸惑いましたが、教授陣や友人からのアドバイスを受けて自分なりに勉学に取り組めた気がします。結果Dean's Listに名前が載ることになりました。
二学期はアメリカに移民を送り出している中南米諸国の政治社会状況をより重点的に学びました。科目としては"Latin American Politics"と"Globalization and the Indigenous People in Latin America"という中南米諸国の政治と先住民に関わる授業を履修しました。それらの授業の中では特に民衆が、大企業や大土地所有者を重視する政府の政策によって苦しめられてきた状況について学びました。その中でそういった政府の無能さのために、また人々がより良い生活を求めてアメリカにやってくるのだと理解しました。ほとんどの移民の人々はできれば祖国を離れたくないが、離れざるをえない悲しい現実を2つの授業を通じて学びました。また卒業論文の準備として自分でテーマを設定し、現地で調査を行い、論文として仕上げるという作業にも取り組みました。冬休みにエルサルバドルの孤児院でボランティアとして働き、時間を見つけては同国の大学の図書館へ通い関心分野の文献を読み、資料集めをしていました。最初は大学の構内にも入れてもらえませんでしたが、何度も通っているうちに様々な文献に出会えるようになりました。その調査の結果を生かすために、先生と面談しながら論文を仕上げていく"Tutorial"という授業を履修し、エルサルバドル政府の政策が貧困層に与える影響についての論文を執筆しました。その論文を元にして12月には学士号のための卒業論文を完成させる予定です。
また同じ学期に履修した授業の中で群を抜いて面白かったのがインターンシップの授業でした。私の大学ではインターンシップだけではなく、その体験をより豊かにするための演習授業が必修となっており、その中で様々なインターンシップの経験を皆で共有しました。私は下院議員であるJames McGovern氏の事務所でインターンとして4ヶ月間働きました。その中で一番ショックを受けたのは有権者や事務所の人たちが皆議員をファーストネームで呼ぶことでした。日本では議員さんをファーストネームで呼ぶことなどまずありえないでしょう。事務所に毎日来ては議員の愛称である"Jim"と呼びかける人もいました。アメリカの人にとっては議員というのは何でも話せる友人という感覚なのでしょう。また議員や事務所職員の方に同行して様々な会合や会議に参加したことで本からは吸収できない様々な現実の問題を理解することができました。与えられた業務は有権者に向けて会合の勧誘をするための電話掛けなど楽しいことばかりではありませんでした。しかし4ヶ月間の業務を通じて電話なども困難なく掛けられるようになりました。またインターン中には大統領候補だったJohn Kerry上院議員とお話しする機会もありました。私は萎縮してしまってまともな質問など出来ませんでしたが、彼の演説を直接聴くことが出来ただけでも大きな収穫でした。2学期目は授業のペースや言葉にもだいぶ慣れて自分の世界をさらに広げられるような活動にたくさん参加できました。また学業面では一学期に続いてDean's Listの通知が大学より届きました。一学期より成績も少しですが上がりました。
日本に帰ってきて留学していた期間を振り返ると、いろいろなことに挑戦したという満足感ともっとたくさんのことが出来たのではないかという後悔が出てきます。ただコミュニティーサービスやインターン、そして何よりも大学での勉学を通じて決して日本では得られない知識や経験は私のこれからの人生とキャリアにとって大きな財産になると確信しています。アメリカの多文化共生政策についてもたくさんの文献を読み得た知識やボランティアやインターンを通じて得た実際の現状の知識を日本社会のために生かしたいです。この留学で満足することなくこれからも留学の経験を生かして社会に貢献できる人材になるために努力します。