
国際関係学(特に紛争関連)を中心に幅広く学ぶこと、および世界各国からの留学生と親交を深めること。
平成18年9月~平成19年6月
カリフォルニア大学サンディエゴ校-UCSD(アメリカ合衆国)
国際関係学部国際関係学科
私は大学3年次の9月から1年間、国際基督教大学(:ICU、以下所属大学とします)から米国カリフォルニア大学サンディエゴ校(University of California, San Diego: UCSD)に交換留学する機会を得ました。そして電通育英会の奨学生および留学奨励金制度生として採用をいただきました。専攻は国際関係学で、その中でも日本の所属大学では開発学を、留学先では紛争関連の授業を中心に履修しました。
私は日本で国際関係学科に所属しています。一言に国際関係学科といっても広いのですが、1・2年次には開発学を中心に、2年次後半からは平和構築も含め、自分の興味の赴くままに履修していました。専攻決定のそもそもの理由は、大学入学当時に抱いていた「世界において困難な状態に置かれた人々のそばで、彼らが笑顔を取り戻す手伝いをしたい」という思いに由来します。具体的には、国際機関や国際NGO等で、発展途上国において開発の支援をする仕事に就くことです。1人の人間として、遠い国で信じられない卑劣な状況下に置かれている人々のために何か出来ないか、他者の幸せの実現を自己実現とし、世界の不平等さの改善に微力ながらも貢献したい、そんな思いからその実現の手段として国際関係学を履修することにしました。
私の留学における当初の目的は、主に以下の3つでした。
(1) 専攻の国際関係学、得に平和構築関連分野を重点的に学ぶ
(2) 米国について、国家と個人の両面から理解を促進する
(3) 人的交流によるネットワーキング、およびそれを通した自己成長を図る
理由としては、(1)は、最低限の平和が確保されている段階で実施される“開発”よりも、前段階の紛争解決から一貫して考える“平和構築”の包括的な要素に惹かれたからです。平和構築とは、紛争地域における紛争予防・解決と、それに付随する復興開発までの一連の流れを学ぶ学問領域です。(2)は、9.11以降私の心の中に生まれた米国に対する嫌悪感と、しかしながら米国人の友人等と接する中で生まれる国民個人個人への好意、その相容れない感情について考えてみたいと思ったからです。また、専攻上米国という大国を無視して考えることは到底出来なかったので、実際に米国の中からその外交政策を学びたいという考えもありました。(3)は、世界有数の授業水準と施設環境を求めてやってくる留学生たちと切磋琢磨し、自分の人間性を豊かにしたいと思ったからです。
結論から言うと、紆余曲折を経て、そのどれも達成できたと思います。しかし同時に、これからの課題も発見できました。以下、それぞれの目的を、履修科目を中心に述べていきたいと思います。
UCSDは大学数3万人規模の大規模な総合大学で、特に生物学(Biology)や工学(Engineering)、大学院では国際関係系統(International Relations and Pacific Studies: IRPS)が全米で高い評価を受けています。3学期制の各学期では、専攻科目を1~2つとそれ以外を1~2つ履修しました。
実は一番問題だったのが、平和構築学関連の履修でした。UCSD選定理由の一つに、要覧の中に“Peace Studies”(平和研究)と名のつくクラスがいくつかあったことが挙げられます。しかし現地に到着して1年間の開講科目を調べてみると、その年は“peace”(平和)と名のつくクラスは皆無。逆に授業名には“conflict” “war”紛争・戦争)“terrorism”(テロリズム)が踊るほどたくさん並んでいました。そのため、正直、留学したてのころは自分の目標が達成できないのではないかとかなり落胆しました。あわてて担当部署のカウンセラーや友人、教授たちに留学の目的を話して相談することに。しかし結局、1学期目に履修した2つの科目や、専攻が同じ友人や各国からの留学生たちと議論を重ねていくうちに、平和構築を考える上では、平和という理想ばかりに目を奪われるのではなく、紛争が何故起こり、どうしたらそれを食い止められるのかという現実をまず理解しなければ始まらない、という本質に気づかされました。
1学期に受けた国家安全保障論(National Security Strategy)では、アメリカの戦後外交史における武力行使および武力による威嚇の戦略的利用について分析しました。日本の所属大学において、国際政治および国際法的見地から武力行使は本質的にはよくないもの・認められないものであるという発想に基づいて勉強していたため、この授業で教えられた「国家の見地から、国家防衛という国益のためなら、武力行使も辞さない」という武力の戦略的利用を前提とした米国の安保論は、言葉どおり衝撃的でした。また、実践的な課題として政策意見書(policy memorandum)の作成が中間・期末課題として提出されました。課題テーマは「北朝鮮の核弾頭発射時の対応」「イラクにおけるシリアとイランの過干渉をどう阻止するか」と、現代の国際状況を踏まえた仮想の設定で、そのとき米国の取れる選択肢の列挙・根拠と最良の選択肢の提案といったものでした。授業で学んだ考え方をベースに自力で考えるかなりの難問で悪戦苦闘しましたが、ネットやデータベースを使って関連資料を調べ、TAに質問し、自分なりに考えた意見書が出来上がった際には、政策立案の楽しさと達成感を得ることができました。この授業を通して、それまで所属大学で受講してきた科目と比較する中で、国際社会全体の安保論と一国の安保論、歴史の教訓から生まれた理想論と歴史的事実や現実的考え等、ある物事に対する二つの見方を学ぶことができ、自分のなかで学問を再構築するきっかけとなりました。
1学期に受講した東アジア政治思想(East Asian Political Thought)と3学期に受講した戦争と政治(Politics and Warfare)では、同じ教授のもと、政治思想的な分野から紛争について考えました。東アジア政治思想では、紛争や平和、近代性(近代化)、美徳や価値観など、様々な分野を西洋のキリスト教・十字軍的な思想と、東洋の儒学的思想とを比較し学びました。提出課題として、「西洋と東洋の聖戦(just war)の違い」等についてレポートを作成しました。戦争と政治の授業では、戦争という概念を、主に2つの世界大戦を中心に、リアリズムとリベラリズムの両方の観点から比較・分析しました。政治思想は、以前からぜひ学びたい分野だったのですが、所属大学では西洋の古典的な分野しか扱っていなかったため、アジアと紛争という自分の持つ2つの関心事項に沿って学べたことはとても有意義でした。また、得に東アジア政治思想では、日本にも影響を与えた儒学を外の視点から分析することで、日本で生活する中でそれまで当然だと思っていた自分や日本人の価値観が、授業毎に“言葉を得て”説明できるようになっていくことに、自己の内面世界の広がりを感じました。
2学期の、世界の中の国際紛争地域(International Crisis Areas in International Politics)では、授業ごとに、ひとつの地域が選定され、その紛争の原因と過程について学びました。担当教授がユダヤ人で、第二次大戦中着の身着のままヨーロッパ大陸を横断して一命を取り留めたという特殊な経歴を持つ方で、彼なりに何故紛争が起こるかを、既存の学問を超えて人間の普遍性に訴える形で分析しました。彼自身は、最近の国際関係論では顕著な構造主義的な紛争の理解(例えば、紛争は宗教、政治主義や貧困格差から生まれるというふうに、“構造”に原因を求める考え方)ではなく、人間の誤認識(misperception)に原因を求める形で紛争のしくみを説明しました。具体的には、紛争発生時点において、敵対する国同士は、双方の(1)相手の認識(敵国の状況や意図)(2)自己認識(自国の状況)、が事実と異なっており、その相互認識不一致つまり誤解が、戦争を引き起こしてしまうのだという考えです。この授業は以前から持っていた私の疑問――紛争を起こすのは人間なのに、既存の学問では構造や論理性が感情や心理を上回り、人間の精神面についての分析がなくてなんだか腑に落ちない――にストレートに答えてくれるものとなりました。この教授の紛争論の独自性とおおらかな人間性に惹かれ、3学期には教授の指導の下Independent Studyという自主研究科目を受講して自分なりに研究し、所属大学での卒業論文作成に役立てるつもりです。
平和構築に興味を持った段階から、紛争を阻止する手段としての交渉に強い興味がありましたが、同時に留学中に英語のディスカッション力を身につけたい思いもありました。そのため、2学期には国際危機外交論(International Crisis Diplomacy)という、授業に模擬国連を導入したもの(※模擬国連とは、各参加者が一国の大使に扮し、設定された議題のもと国益最大化を目標に外交交渉を進め、最終的に決議案を提出するという、国連を模したもの)や、思い切って3学期には大学院IRPSの開講科目である国際交渉(International Negotiation)を受講しました。この二つの授業が私にとって最もチャレンジングでした。専門用語を織り交ぜ、相手を説得する論理を兼ね備えた、情熱的かつ流暢な英語を話すことは、並大抵のことではありませんでした。特に社会経験も専門知識も豊富な大学院生に混じって交渉をすることは、毎週準備のための時間と労力の投資と、「出来ない」を克服するための精神的苦痛が伴いました。数え切れないほどの課題点を発見し、これからの勉強にとって有益だと思う一方、正直なところ多々後悔している部分があり、今でも自分の出来なさ加減に落胆することが多いです。しかし、この二つの授業での失敗のおかげで、今現在の自分の実力を直視し、背伸びをせず一歩一歩確実に実績を積み上げ力をつけていく必要性をひしひしと感じました。いわば学問への誠実さを学んだ、よい経験となりました。
そのほか専攻以外の授業も、毎学期取りました。ノンフィクションの書き方(Non-fiction writing)では、アカデミックライティングとは全くことなる書き方で戸惑い、毎週出される課題によって半強制的に「英語で書く」ことに自分をならしました。また、何かを「物語る」その方法によって、同じ題材でも話の面白さが全く変わることを再発見し、一つのことを面白おかしく語る友人たちを見習うべく、日常会話の方法にも応用しました。論理と意思決定(Logic and Decision Making)は、科学哲学の分野で、毎クラス前に出されるオンラインの宿題に四苦八苦しながら、物事の真偽をクリティカルかつ論理的に考える手法を学びました。最終学期に取ったゴスペルとジャズダンスのクラスは、本当に素直に楽しく、オンとオフの切り替えをする癖をつけるうえでも役に立ちました。
留学を語る上で欠かせないのが、寮での生活と交友関係です。私はInternational-House(I-House)という、留学生とUCSD所属大学生が半々で共同生活をする国際寮にて1年間すごしました。そこでは、様々なバックグラウンドを持つ友人と、同じ時間と空間のなか、楽しさやなやみを共有し、時にはぶつかり合い論争し、とにかく素の自分をさらけ出して心の通った交流を思いっきり楽しみました。たくさんの素敵な人々との数え切れないほどの出会いによって、自分も素敵な人になれるように努力することや縁に感謝することを再確認したり、それまで気づかない間に蓄積された先入観から自己を開放したりして、少しずつ自分なりの人生哲学のようなものを築き上げていった気がします。それまでは自己否定から成長するということを繰り返していたように思いますが、留学を経て、自分をありのまま包容できるようになったとともに、自分を信じて新しいことに全力でチャレンジする勇気を持てるようになった気がします。また、どんなバックグラウンドを持った人とも、先入観を極力排し、心と心で接していくことの喜びと勇気も持てるようにもなりました。「いつも心に青空を」。あの南カリフォルニアの底抜けの青い空を胸に、持続可能で魅力的な人間に成長するべく邁進していきたいです。
最後になりましたが、このすばらしい留学を支援してくださった電通育英会の方々にお礼申し上げます。